平成9年(ワ)第145号 信託財産返還請求事件
     原 告  松本繁世
     被 告  ヤマギシズム生活豊里実顕地農事組合法人(被告法人)
           ヤマギシズム生活実顕地調正機関(被告調正機関)
判 決 要 旨
第1 主文
 1 被告らは,原告に対し,連帯して金400万円及びこれに対する平成9年6
  月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 原告のその余の請求を棄却する。
第2 事案の概要
 1 被告調正機関は,参画者らが被告調正機関に全財産を引き渡して一切の返還
  を求めない旨の誓約書を差し入れた上で参画し,ヤマギシズムの理念に基づく
  生活を送っている参画者の集合体であり,被告法人は被告調正機関が設立した
  農事組合法人である。本件は,過去に全財産を引き渡したりして被告調正機関
  に参画した後に被告調正機関を脱退した原告が,被告らに対し,不法行為によ
  る損害賠償請求権,信託契約による信託財産返還請求権,消費寄託契約終了に
  よる預託金返還請求権あるいは不当利得返還請求権に基づいて,参画時に引き
  渡した財産あるいは参画中の外部の病院で働いて得た給料に相当する金員の支
  払を求めた事案である。
 2 なお,原告の請求金額は,7903万9397円(2次的請求は6787万4505円)である。
第3 当裁判所の判断
 1 不法行為の主張について
  ヤマギシズムは,「無所有共用一体」の理想社会の実現を目的とし,そのた
  めに「一体」「無所有」「無我執」を基本理念としているが,かかるヤマギシ
  ズムへの理解を求め,これに賛同し,全財産の出捐を含めて実践をするよう働
  きかけること自体が社会的相当性を欠くとはいえず,その他,被告調正機関の
  担当者に,原告が参画に至るまでに,不法行為となるような不実の告知や重要
  事項の不告知があったとも認められない。
   したがって,被告らの担当者の,原告に対する特別講習・研鑽学校への勧誘
  行為,ヤマギシへの参画・全財産持込み勧誘行為が不法行為に該当するとは認
  められない。
 2 預託金返還請求権,信託財産返還請求権の主張について
 (1)参画に際して持ち込んだ財産について
    原告は,実顕地(ヤマギシの村)において,「無所有共用一体」生活をす
   るために被告調正機関に参画したのであり,また,「返還要求等,一切申し
   ません」との誓約書にも署名しているから,原告は,参画時において参画と
   それに伴う被告調正機関への財産の引渡しにより,それまで所有していた財
   産はすべて自分の物でなくなり,以後その財産について何ら権利を有しなく
   なるとの認識を有し,被告調正機関から脱退しても,引き渡した財産の返還
   を受けることはできないと認識していたものと認めるのが相当である。
    被告調正機関も,参画者から引き渡された財産を当該参画者のために運用
   したり,将来当該参画者に返還することは想定していなかった。
    よって,原告が参画に際して持ち込んだ財産については,原告が被告調正
   機関に対し信託したとも,預託したともみることはできない。
 (2)給料について
    原告の働いていた外部の病院からの給料は,被告調正機関管理の預金口座
   に振り込まれているが,「報酬なし・分配なし」とのヤマギシの運営の原則
   や原告は「無所有生活」を送るために参画したこと等からすれば,原告は,
   振り込まれた給料について返還を受けることはできないと認識していたもの
   と認めるのが相当である。
    被告調正機関も振り込まれた給料を当該参画者のために運用したり,将来
   当該参画者に返還することは想定していなかった。
    よって,外部の病院からの給料についても,原告が被告調正機関に対し信
   託したとも,預託したともみることはできない。
 3 不当利得返還請求について
 (1)原告から被告調正機関に対する財産の出捐や給料の振込は,原告と被告調
   正機関との間の参画契約に基づく一種の出資と解すべきであるが,通常の出
   資とは異なり,出資額に応じた持分を取得することはなく,脱退しても持分
   の払戻しを請求する権利はないものである(「返還義務のない出資」)。こ
   のような内容を有する参画契約も当然に無効ということはできないし,財産
   が返還されないことは原告も知っていたから,参画契約が締結されたことに
   つき原告に錯誤があったとか,被告らに欺罔行為があったということはでき
   ない。被告調止機関の担当者に,被告に対する社会的相当性を欠く違法な行
   為があったとも認められない。
 (2)しかし,被告調正機関に参画する者は,参画の時点においては,ヤマギシ
   ズムの基本理念に賛同し,終生被告調正機関の下でヤマギシズム生活を送る
   ことを前提として,全財産を出資するのであるから,原告がヤマギシム生活
   を送る意思を喪失して被告調正機関を脱退する場合には,その出資の前提が
   失われることになり,また,被告調正機関において原告の出資した財産がそ
   のままあるいは形を変えて残存しているにもかかわらず,何らの清算もしな
   いでそのすべてを保有し続けることができるとする実質的理由も失われるこ
   とになる。さらに,被告調正機関からの脱退の自由が認められているといっ
   ても,参画時にそれまで所有していた全財産を被告調正機関に出資して無所
   有となった上,参画後の労働までもが出資の対象となっている構成員にして
   みればヤマギシズムに疑問を抱いて被告調正機関から脱退しようとしても,
   全く財産が返還されないのであれば,無一文で被告調正機関から出て行かな
   ければならず,被告調正機関から脱退することは,事実上著しく困難かつ制
   約されることになる。したがって,参画契約についても,それが被告調正機
   関から脱退しても出資した財産について全く返還請求をすることができない
   趣旨のものとすれば,ヤマギシズムを実践する意思を喪失し,被告調正機関
   を脱退しようとする原告に脱退することを断念させ,ヤマギシ会の「無所有
   共用生活」を強制することにもなりかねず,実顕地における「無所有共用一
   体生活」が全人格的な思想実践の場であることをも考慮すると,そのような
   事態は,思想及び良心の自由を保障している憲法19条及び結社の自由を保
   障している憲法21条の趣旨にもとる結果になる。以上の点を総合考慮する
   と,参画契約のうち被告調正機関を脱退する場合にいかなる事情があっても
   出資した財産を「一切」返還しないとする部分(以下「不返還約定」とい
   う。)は「一切」返還しないとする点において,公序良俗に反するものと
   いわなければならない。しかし,原告は出資した財産が他の構成員のために
   も共用され,被告調正機関の活動のためにも使用されることを承知して出資
   したのであるから,不返還約定全部が公序良俗に反して無効ということはで
   きず,不返還約定がどの範囲で公序良俗に反し,どの範囲で財産を返還すべ
   きかは,上記の諸点のほか・出資した財産の価額,被告調正機関に参画して
   いた期間,参画中に原告が受けた利益の有無・程度,原告の家族状況,年齢
   及び稼働能力,被告調正機関の資産状況等の具体的事情を併せて判断するこ
   とが必要である。
 (3)本件では,原告が参画時に出資した金員は692万2411円であること,
   原告は参画後・病院に勤務して得た給与合計7123万5934円を出資し
   たこと,原告が被告調正機関に参画した期間は7年10か月で,この間妻と
   3人の子が共に生活したこと,現在も原告の元妻と長男,長女が豊里実顕地
   で生活していること、原告は被告調正機関からの脱退時43歳で、現在は京
    都市で医院を開業していること,被告調正機関は原告に相当額を返還しても
   これによってその事業活動に支障が生ずる状態にないことがうかがわれること
   等からすると、原告の脱退に当たり、400万円を返還させるのが相当で
   あり,本件参画契約中の不返還約定部分は,この400万円を返還しないと
   する範囲で公序良俗に反するものとして無効である。
 4 被告法人の責任について
   納税や外部との一般取引においては被告調正機関と被告法人とはそれぞれ別
  の団体として扱われていると認められるし,被告調正機関の財産が被告法人名
  義で隠匿されているとか,被告調正機関が被告法人を脱退者の財産返還請求を
  困難にする目的のために用いているなどの事情はうかがえない。しかし,被告
  法人の組合員が名目的であるとか,被告法人が名目的に参画者に給料を支払う
  とかいう処理がなされていることのほか,そのことが参画者の全員に説明され
  ているわけではないこと,被告法人等が産業経済活動により上げた収益は,参
  画者の「給料」名下に,被告調正機関に移転され,全参画者の生活費に当てら
  れていること,参画者の具体的な就業場所への配置は被告調正機関の世話係の
  調正により決められること,農事組合法人等で働く参画者には就業規則等の適
  用はないものとして扱われていることなどの事情からすれば,被告法人の法人
  格は少なくとも参画者に対する関係で形骸化していると認められる。したがっ
  て,被告法人は被告調正機関と同様の責任を負うというべきである。

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