平成15年3月20日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官前 田 幸 一
平成9年(ワ)第145号 信託財産返還請求事件
口頭弁論終結日 平成14年10月31日
           判           決
  京都府北桑田郡美山町下吉田段10−2
              原 告    松本繁世
     同訴訟代理人弁護士    藤森克美
  津市高野尾町5010番地
              被 告    ヤマギシズム生活実顕地調正機関
            同代表者    北大路順信
  津市高野尾町5010番地
              被 告     ヤマギシズム生活豊里実顕地農事組合法人
         同代表者理事     遠藤 カ
 被告両名訴訟代理人弁護士   大矢和徳
        同            石川智太郎
   同訴訟復代理人弁護士    倉田嚴圓
            主            文
1 被告らは,原告に対し,連帯して金400万円及びこれに対する平成9年
 6月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを20分し,その19を原告の,その余を被告らの負担
 とする。
4 この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。

当裁判所の判断
〈略。尚、「被告ら等」については『原告9名』のページ参照〉


(原告等)
(1)原告の特講への参加
 ア 原告は、昭和44年3月に名古屋大学医学部を卒業後、名古屋大学付属
  病院、江南市昭和病院等で研修し、昭和45年から京都市第2赤十字病院
  放射線科に、昭和46年4月から京都府立医大放射線科に、昭和48年4
  月から京都第1赤十字病院第3内科に,昭和50年4月から京都府立医大
  放射線科に勤務した。その後,原告は,昭和52年6月にアメリカ合衆国
  コネチカット州ニューへブレ市セントラファエル病院放射線科にレジデン
  トとして,昭和54年6月からはアメリカ合衆国フィラデルフィア市ペン
  シルバニア大学放射線科に留学した。原告は,昭和54年12月に日本に
  帰国し,昭和55年1月から昭和56年9月まで宇治市徳州会病院内科に
  勤務していた。
  原告は,昭和55年8月ころ,宇治徳州会病院に置いてあった「朝日ジ
  ャーナル」の広告でヤマギシの楽園村のことを知った。原告は,アメリカ
  留学中によく目にしたサマーキャンプのようなものかと興味を持ち,ヤマ
  ギシに問い合わせたところ,春日山実顕地の妹尾勇次が原告のもとを頻繁
  に訪れるようになった。
   そのころ,長男が水沢美里実顕地で開催されたヤマギシズム子供楽園村
  に2週間ほど参加したこともあり,原告はヤマギシに一層興味を持つよう
  になった。また,原告はアメリカで経験した第二次オイルショックをきっ
  かけに環境問題を深く考えるようになり,農業を変えることが医療を変え
  ることになると考え,農業を中心にして社会変革をしようと標榜している
  ヤマギシに深い興味と共感を覚えた。さらに,原告と妻は,二男の言葉の
  遅れを始めとする知的発達障害について,また長男,長女のいわゆる帰国
  子女としての将来についても悩んでいた。
   これらのことがあって,原告と妻は妹尾に勧められ、原告については病
  院で,妻については自宅の団地でそれぞれヤマギシの生産物販売の世話役
  をすることになり,ヤマギシとの関わりを深めていった。
 イ 原告は,昭和55年末ころ,ヤマギシの村人から、特講は「生き方が変
  わる機会」になると勧められ,原告は自分の抱える悩みや問題の解決のた
  めに「生き方の手掛かりを得たい。」と思い,特講を受講することにした。
   原告は,昭和56年1月1日から開催された第1000回特講(春日山
  特講会場)に妻と共に参加した。この特講の内容は,以下のようなもので
  あった。
  (ア) 参加人数 約70名
  (イ) 場所 春日山特講会場
  (ウ) 1日のカリキュラム
     午前6時ころ 起床
       ただし,起床時間は,前日の就寝時間が遅かった場合には,
      午前8時ころあるいは午前9時ころになった。
     午前6時半ころから ラジオ体操,心境調整作業
       班毎に分かれて,風呂,トイレ,部屋の掃除,洗濯干し,
      庭の草取りなどの作業を行った。
     午前 研鑽会
       研鑽会は,参加者が3重の輪(班別の場合は,1重の輪)
      になって内向きに座り,中央に進行係が座る体勢で行われた。
     午前11時半ころから午後1時ころ 第1回目の食事,昼寝
     午後5時ころから入浴,第2回目の食事
     夜 研鑽会
       ただし,内容によっては,終了時刻が翌日の午前2時15
      分を過ぎることもあった。
     就寝
       1枚のセミダブルほどの大きさの敷き布団に2名が一緒に
     寝た。
  (エ) 研鑽会の内容
    1日日
     整理研鑽会
       午後3時30分ころから受付が始まり,その後生活案内,
      入学式,あいさつ,目的解説がなされた。
    2日目
     午前
       山岸巳代蔵著「ヤマギシズム社会の実態」の「宗教にあら
      ず」及び「自己弁明」について意見を述べあった。
     午後
      午後1時から2時半ころまで「自己弁明」について意見を
     述べあった後,午後3時半ころから怒り研鑽会を行った。
      腹が立ったときの実例を参加者が話すと,進行係が「何で
     腹が立つのか。」と問いかけ,参加者が意見を言うと,進行
     係は,さらに,「それならなんで腹が立つのか。」と繰り返
     し問いかけた。研鑽会は,午前0時20分過ぎころまで続い
     た。
    3日目
      起床時間は午前9時。
      午前,午後とも怒り研鑽会が続いた。
    4日目 
      午前から午後5時45分過ぎころまで一体研鑽会が行われ
     た。衣服のつながり,身体の成り立ち,自分の成り立ちなど
     について意見を述べあった。
      午後7時10分ころから,割り切り研鑽会が行われた。進
     行係が,「特講終了後もこの場所に残れますか。」と問いか
     け,参加者が意見を言うと,「それであなたはここに残れま
     すか。」と繰り返し問いかけた。原告は「残れます。」と答
     えた。
    5日目
      午前と午後3時15分ころまで,差別研鑽会が行われ,差
     別や劣等感について意見が述べられた。
      午後3時30分ころから,所有研鑽会が行われ,進行係が
     時計を示して「この時計は誰の物ですか。」と繰り返し問い
     かけ,参加者は最後には「時計は誰のものでもない。」との
     結論に達した。
      午後9時15分ころから翌日の午前2時15分ころまで,
     幸福研鑽会が行われ,「ヤマギシズム社会の実態」の「幸福
     一色快適社会」について意見を述べあった。
    6日日
      午前9時起床
      午前10時ころから午後3時30分ころまで人間の知能や
     人間社会について議論がされた。
      午後3時30分から東部実顕地の場内見学を行った。
      午後6時から午後8時30分まで絵図研鑽会が行われ,絵
     を見て,意見を述べあった。
      午後8時30分から午後12時まで懇親会が行われた。
    7日日
      午前午後とも拡大研鑽牟が行われ,豊里実顕地の参観など
     が行われた。
    8日日
      特講の感想文が書かれ,昼ころに解散となった。
(2)原告の研鑽学校への参加
 ア 原告は,特講に参加したころ,医療を変えるには食の問題ひいては農の
  問題に行きつかなければならないと考え,環境問題や農業問題の本を貪り
  読んでいた。当時友人と一緒に熊本で農業をやりながら医療をしていた菊
  地養生園の竹熊医師の病院見学にも行った。原告は,研鑽学校で「もっと
  調べてみたい。」という気持ちになり,研鑽学校に参加することにした。
 イ 原告は,昭和56年8月1日から開催された研鑽学校(春日山実顕地)
  に参加した。
(3)参画と財産引渡し
 ア 原告は,ヤマギシの考え方に共鳴して,被告調正機関への参画を決意し,
  研鑽学校が終了した日である昭和56年8月15日,被告調正機関宛に,
  参画申込書(乙66),出資明細申込書(乙67)及び誓約書(乙68)
  に署名指印のうえ,妻,長男,長女及び次男を連れて参画することを申し
  込んだ(これらの書面には,前記前提となる事実(2)イにおいて述べたよう
  な記載がある。)。
 イ 原告は,家族と共に,昭和56年10月に入村したが,その際,合計6
  92万2411円を被告調正機関に差し出して引き渡した。
 ウ 原告は,入村後養牛部配属となり,午前5時から午後6時過ぎまで牛乳
  運搬の仕事をしていたが,2週間ほどして被告調正機関の柿谷から,医師
  として外部で働いてほしい旨の申入れを受け,昭和56年11月ころから,
  上野市の岡波総合病院内科に勤務するようになった。原告は,午前5時か
  ら午前7時過ぎまで養牛部の仕事をしてから,午前8時に豊里実顕地を出
  て,同病院に通院した。岡波総合病院からの給与は,別紙2「信託財産額
  計算一覧表」の「A差額支給額(年間)」欄に記載のとおりで,当初は年
  収約1200万円で,後には年収1500万円ほどとなった。この給与は,
  すべて被告調正機関が管理する原告名義の口座に振り込まれ,被告調正機
  関において参画者の生活費等に充てられた。
(4)原告の被告調正機関からの脱退
 ア 原告は,昭和58,9年ころ,過労によるウイルス性の右顔面神経麻痺
  (ラムゼイ・ハント症候群)に羅患し,半年ほど右顔面筋が動かなくなっ
  た。
 イ 二男が昭和58年に学育舎に移され,原告は二男と2週間に1回の家庭
  研鑽で会えるだけとなった。
   原告は,そのころ,二男の言葉の発達が遅く,二男がヤマギシで十分に
  発達できるか不安を持ったが,「動物や農業に親しむ生活を送っていれば,
  二男の成長に悪い影響が及ぶ訳はない。」と考えていた。
 ウ 原告は,昭和61年ころ,柿谷から,実顕地の運営は「イズム生活推進
  研」というグループによって決定されると聞き,「ヤマギシには指導者も
  長もいない。」というのは事実と違うのではないかとの不信感を持った。
 エ 原告は,昭和62年ころ,「イズム生活法研鑽会」に参加したが,その
  研鑽の内容に疑問を持つようになった。
 オ 昭和62年8月ころ,高校3年生の長男が学生特講を受け,一般の高校
  からヤマギシズム学園の高等部に編入した。原告は,この学生特講にも不
  信感を持った。
 カ 原告は,昭和62年ころに,阿山実顕地に配属が変わった。
 キ 昭和63年7月10日ころ,高等部3年のK・Sが無免許で運転して
  いたショベルカーの下敷きになり死亡した。原告は,この死亡事故につき,
  ヤマギシの指導に問題があるとの不信感を持った。
 ク 原告は,昭和63年8月ころ,二男(当時小学校5年)のことを把握し
  たいと考え,病院から3日間の夏休みをもらって二男と一緒に過ごした。
  二男は時計の読み方,時間の計算,数の概念,文字,言葉の発達が著しく
  遅れていたため,原告は二男を豊里実顕地から原告がいる阿山実顕地に移
  し,夜だけでも原告が勉強を教えたいと提案し,受け入れられた。二男は
  阿山の鞘田小学校に転校した。
   ヤマギシでは,正常に発達している子供は高等部に進学するが,発達が
  遅れている子供は中学卒業後ヤマギシの各職場で仕事をしており,原告は,
  このままヤマギシにいると二男も同じように一生そういう生活を強いられ
  ると考えた。原告は,二男をヤマギシの外で育てたいと考え,離村する決
  心をした。
 ケ 原告は昭和63年9月末ころまでには離村した。離村時において,特に
  金員等財産を渡すよう提案はしなかった。原告は,上野市の病院の宿舎に
  転居し,昼は病院勤務,夜は二男の勉強をみるために阿山実顕地に通った。
  また週に1回は上野市の公文式の教室に連れて行った。
   原告は離村したものの,妻,長男,長女はヤマギシを離れる意思はなく,
  妻と別居することとなった。
 コ 原告は,平成元年2月に岡波総合病院を退職し,二男を連れて京都に帰
  った。
   原告は叔父の病院で働きながら自分の病院の開業に向けて準備をし,平
  成元年11月4日京都市西京区に松本医院を開業した。
 サ 原告は,平成。4年12月ころに妻と離婚した。
 シ 原告は,離村後の平成5年1月22日に,被告調正機関が設立した百万
  羽科学工業養鶏株式会社宛に,「私に対して平成元年度市民税・県民税が
  課せられ,平成元年7月24日,私が全額支払っております。それは,昭
  和63年分の私の所得に対して課せられておりますが,私の所得は同年1
  月から8月までは貴社に振込まれております。従って,課税額192万6
  400円のうち12分の8は貴社が負担して頂くべきものと考えておりま
  す。」という手紙(乙89)を送ったので,被告調正機関は,原告提示の
  128万2982円を平成5年2月10日に原告の銀行口座に振り込んだ。
2 そこで,まず,被告調正機関の当事者適格につき検討する。
 上記1の認定事実からすれば,被告調正機関は,団体としての組織を備え,
 多数決の原則は行われていないものの,それに代わる研鑽方式で運営が決めら
 れ,構成員の変更にもかかわらず団体そのものが存続し,その組織において代
 表の方法(ただし,業務執行者が訴訟追行権を付与されるという形態であ
 る。),組織の運営,財産の管理その他団体としての主要な点が確定している
 と認められるから,被告調正機関はいわゆる「権利能力なき社団」として当事
 者適格を有すると認められる。
 次に,争点(1)ないし(4)につき順次検討する。
(1)争点(1)(不法行為の成否)について
 ア 勧誘の目的について
   ヤマギシズムは,「無所有共用一体」の理想社会の実現を目的とし,そ
  のために,「一体」,「無所有」及び「無我執」を基本理念としており,
  被告調正機関は,そのようなヤマギシズムを実践しようとする人々からな
  る社団であるところ,ヤマギシズムの上記の基本理念は,これに賛同する
  者が賛同している者ら同士の間で実践する限りにおいては,特に公序良俗
  に反するとまでいうことはできない。したがって,ヤマギシズムへの理解
  を求め,これに賛同し,かつ,全財産の出捐を含めて実践をするよう働き
  かけること(参画を勧誘すること)は,その目的のゆえに社会的相当性を
  欠くものであるということはできず,特講・研鑽学校への勧誘についても,
  仮にそれが参画の勧誘を目的としたとしても,その目的のゆえに社会的相
  当性を欠くということもできない。
 イ 勧誘の手段について
 (ア) 原告が特講や研鑽学校に参加した経緯等は上記1の認定のとおりであ
   り,ヤマギシ会側の者が参加を強要したり,参加する以外に選択の余地
   がないと考えさせるほど執拗な勧誘があったりしたような事実は認めら
   れず,特講や研鑽学校への勧誘行為自体が社会的相当性を欠くものであ
   ったということはできない。
 (イ) 原告は,「特講・研鑽学校においてはマインドコントロールの手法を
   駆使しており,社会的に許容されない。」旨主張するところ,特講では,
   世話係や進行係の間で,参加者の性格や研鑽会における態度等の情報を
   基に,特講の進め方について打合せがなされ,研鑽会では,進行係が声
   を荒げたり,厳しい物言いをすることもあり,また,参加者がどのよう
   な回答・意見を述べても進行係が同じような問いを繰り返して参加者に
   再考と再回答を求め,それが数時間にわたって,ときには深夜・早朝に
   まで及ぶこともあるというのであるから,「無所有」や「無我執」など
   のヤマギシの基本理念が一般社会人がそれまで身に付けていた観念とは
   異なることにもかんがみると,原告を含め,上記のような思考方法に不
   慣れな者にとっては,ある程度の緊張や不安感を覚え,また,周囲の参
   加者の多くが一定の回答に達したときに自分独りが取り残されたかのよ
   うな心理的な負担を感じたこともあったものとは推認することができる。
    しかしながら,特講の目的はヤマギシズムを理解してもらうことにも
   あり(弁論の全趣旨),原告は,特講のカリキュラムの詳細については
   知らされていなかったものの,少なくとも,特講がヤマギシ会が開催す
   るものであること,合宿形態であり,通常は途中で帰ったり,外出した
   りすることは性質上予定されていない講習会であることを理解した上で
   参加したものと認めるのが相当である。実際の特講の会場も人里離れた
   場所というわけではない。
    また,講習会を運営する側で参加者の性格や講習会における態度等の
   情報に応じた働きかけをしたりすることは,講習会を効果的に運営する
   手段として,それ自体不相当なものとはいえず,研鑽会での進行係の態
   度も,「割り切り研鑽会」が必ずしも参加者全員が「できる」というま
   で続けられるというわけでもないことからすると,一定の回答を強要す
   るというほどのものではないものと推認される。
    さらに,原告が参加した特講で研鑽会が深夜まで続いた日もあったが,
   翌日の起床時間が遅らされるなど一応の睡眠時間は確保されており,緊
   張や不安感を覚えるような研鑽会がある一方で,懇親会のような行事も
   行われることなどからすると,特講のカリキュラムの厳しさは,合宿形
   態の講習会を運営する上で通常付随する程度のものであったと認められ
   る。
    そして,そもそも原告の参加した特講のカリキュラムの中では,参画
   や全財産の出捐を直接勧誘するようなことはなされていないから,特講
   で感じた心理的負担等が原告の参画を招来したものということはできな
   い。
    以上によれば,特講のカリキュラムが社会的相当性を欠く違法なもの
   であるということはできない。
    研鑽学校についても,特講より期間は長いものの,研鑽会のやり方等
   については,特講の参加によりある程度予想がつくこと,農作業等の研
   鑽作業が特に不当なものとも認められないこと等にもかんがみれば,特
   講と同様,そのカリキュラムが社会的相当性を欠く違法なものであると
   いうことはできない。
 ウ 勧誘の結果について
   被告調正機関への参画に際しては,全財産の引渡しが必要とされている
  が,参画後(参画中)の生活に要するものは被告調正機関によって用意さ
  れており,ヤマギシズムに賛同してヤマギシズム生活をすることを希望す
  る者にそのことを前提に全財産を被告調正機関に出捐させることも,それ
  自体をもって社会的相当性を欠くものということはできない。同様に,参
  画者に「給料」が現実には交付されていないことについても,参画者の生
  活に要するものは被告調正機関によって用意されていることからして,参
  画への勧誘が社会的相当性を欠くものということはできない。また,参画
  者に対しては,自由に脱退することが認められ,実際にも相当数が脱退し
  ており,被告調正機関への参画により不当に個人の自由が奪われるものと
  もいえない。
 エ インフォームドコンセントの欠如の主張について
   被告調正機関は,ある程度組織化され,各種世話係等が担当の事項につ
  いて決定をしているが,原告の主張するような指導者や幹部がいるとまで
  は認められず,「研鑽の一致点が必ず見い出される。」,「個人の提案が
  必ず受け容れられる。」,「参画さえすれば直ちに腹の立たない人間にな
  る。」などといった断定的な説明がなされたとも認められない。
  被告らが,原告の参画に当たり,「被告調正機関からの脱退者も相当数
  いる。」と告げたことはないが,殊更秘匿したわけでもなく,脱退者が相
  当数いることを告げなかったことが社会的相当性を欠くものということは
  できない。
   被告らは,脱退者あるいは特講参加者に心理状態が不安定な者がいたり,
  自殺した者がいたことを特に告げていないが,そのような者がいたとして
  も,その原因は必ずしも明らかではなく,そのような者の割合が社会全体
  の統計数値と比較して有意な相違があることや,被告らにおいてそうした
  ことを認識していたことを認めるに足りる証拠はなく,上記のような者が
  いることを告げなかったことが社会的相当性を欠くものということはでき
  ない。
   また,原告は,「権利主張・返還要求等,一切申しません。」との誓約
  書に署名するなどしており,後述のとおり,参画に際しての財産引渡し等
  によって,それまで所有していた財産はすべて自分のものではなくなり,
  以後その財産について何ら権利を有しなくなるとの認識を有し,被告調正
  機関から脱退しても,引き渡した財産の返還を受けることはできないと認
  識していたものというべきである。
 オ 詐欺の主張について
   被告調正機関は,脱退者に対し,当面の生活費等を渡すことがあるが,
  出捐された財産を返還していなかったところ,そうしたことは報道もされ,
  特に秘匿されていたわけではなく(弁論の全趣旨),特講や研鑽学校受講
  者に,被告調正機関から脱退した際には出捐した財産を返還するかのよう
  な説明をし,その旨誤信させた上で,参画させたとは認められない。
 カ 契約締結上の過失について
   上記1の認定事実と上記アないしオの説示に照らせば,被告らの担当者
  に,参画契約前の不実の告知,重要事項の不告知を前提とする「契約締結
  上の過失」があるとは認められない。
 キ まとめ
   以上によれば,被告らの担当者の,原告に対する特講・研鑽学校への勧
  誘行為,ヤマギシへの参画・全財産持込み勧誘行為が不法行為(契約締結
   上の過失を含む。)に該当する旨の原告の主張は理由がない。
(2)争点(2)(預託金返還請求権,信託財産返還請求権の成否)について
 ア 持込財産について
  (ア) 原告の意識
   a 上記前提事実及び認定事実からすれば,原告は,実顕地(ヤマギシ
    の村)において,「無所有共用一体」の生活(ヤマギシズム生活)を
    する(村人になる)ために参画したものと認めることができ,原告は,
    「「無所有」とは,すべてのものは誰のものでもなく,万人の利用に
    供されるべきものであるということであり,「無所有生活」とは,す
    べてのものは誰のものでもないから,必要に応じて,誰でもが対価な
    く利用できる生活であり,そこに暮らす者の生活に一切の対価は不要
    である生活のことである。」ことを,特講や研鑽学校における研鑽会
    等や実顕地での生活の見学・体験等を通しての説明,参画申込説明会
    における説明により理解していたものと認められる。そして,原告は,
    「無所有生活をする」ためには,所有意識を無所有意識に変えて,こ
    れを実体に表すこと,具体的には,参画に際しては,全財産を被告調
    正機関に引き渡すことが必要とされていることも理解して,参画した
    ものと認められる。
     また,原告が参画に際して被告調正機関に提出した出資明細申込書
    の「終生ヤマギシズム生活を希望しますので,下記の通りいっさいの
    人財・雑財を出資いたします。」,誓約書の「最も正しくヤマギシズム
    生活を営むため,本調正機関に参画致します。ついては,左記物件,
    有形,無形財,及び権益の一切を,権利書,証書,添附の上,ヤマギ
    シズム生活実顕地調正機関に無条件委任致します。」及び「しかる上
    は,権利主張・返還要求等,一切申しません。」との記載は,被告調
    正機関に引き渡した(出資した)財産については返還を請求すること
    ができなくなるという趣旨の文面であると解される。
     そして,原告は,参画中,少なくともヤマギシ会の活動等に疑問を
    持つに至る前は,格別,引き渡した財産の処分,運用,管理について
    被告調正機関に指示をしたり,その財産の現状等について報告を求め
    たりしていない。
     さらに,原告は,脱退時に特に財産を返すよう要求したりしていな
    い。
    b 以上によれば,原告は,参画時において,参画とそれに伴う被告調
     正機関への財産の引渡しにより,それまで所有していた財産はすべて
     自分の物でなくなり,以後その財産について何ら権利を有しなくなる
     との認識を有し,被告調正機関から脱退しても,引き渡した財産の返
     還を受けることはできないと認識していたものと認めるのが相当であ
     る。
    c なお,原告は,財産を被告調正機関に渡すことにつき,「預け
     る。」とか「そこに置く。」という意識であった旨供述しているが,
     原告は,平成8年6月に大谷大学で講演した際,「ヤマギシ会という
     のはオウムと一緒で入るときには全財産を寄付しなければいけませ
     ん。」などと述べていること(乙91)などに照らせば,原告の上記
     供述は,にわかに信用し難い。
(イ) 被告調正機関の認識
   原告が参画に持ち込んだ財産についての被告調正機関の処理は,上記
  前提となる事実(3)に記載のとおりであり,また,被告調正機関は,参画
  者から受け取った財産については,持分権や返還義務を観念することは
  できないとの立場を堅持し,従来,被告調正機関からの脱退者に対して
  は,脱退後の当座の生活に必要な資金等を交付したりはしているが,出
  資割合に応じた清算金の返還,参画者から受領した金員の払戻しや返還
  としての交付は行っていなかった。最近では,当該脱退者の状況に照ら
  し,数百万円から数千万円を渡すこともあるが,「返還」といった名目
  で渡しているわけではない。したがって,被告調正機関としても,参画
  者から引き渡された財産を当該参画者のために運用したり,将来当該参
  画者に返還することは想定していなかったと認めるのが相当である。
(ウ)結論
   以上のとおり,原告が参画に際して持ち込んだ財産については,原告
  及び被告調正機関のいずれもが将来原告に返還されるものであることを
  予定していなかったし,被告調正機関は原告個人、のために財産を保管・
  運用することを想定していなかったものであり,そうだとすると,当該
  財産については,原告が被告調正機関に信託したとみることはできない。
  同様に原告が被告調正機関に預託したものとみることもできない。
   むしろ,原告の持込財産は,原告が被告調正機関の構成員になるに当
  たり,被告調正機関の目的とする事業の用に供されるべきものとして被
  告調正機関に引き渡されたものであり,その法的性質は,被告調正機関
  に対する一種の出資とみるのが相当である。そして,その出資(以下
  「本件出資」という。)は,参画申込書とは別に出資明細書によりされ
  ているが,前記の参画の趣旨にかんがみれば,被告調正機関への参画と
  一体のものとしてされたもので,参画の一内容となるものであり,参画
  契約の要素となっていたというべきである。
 イ 給料剰余金について
  (ア) 上記前提事実及び1の認定事実,特に,@原告の岡波総合病院からの
   給料はすべてが被告調正機関が管理する口座に振り込まれていること
   (原告が,被告調正機関の指示を受け,同口座を振込口座として指定し
   たものと認められる。),Aヤマギシの運営の原則として,「報酬なし
   ・分配なし」等があること,B原告は,上記ア(ア)aのとおり,実顕地で
   ヤマギシズム生活をすることは,物を持たない状態(無所有)で生活す
   ることであると理解して参画したのであり,給料を得るために参画した
   わけではないこと,C研鑽学校においては,「無報酬」・「給料なし」
   について対象にした研鑽会もなされており,出資明細申込書にも「人
   財」を出資する旨書かれていること,D原告は,離村後に,「原告の市
   民税・県民税のうち,参画中の所得に対して課せられた分については,
   百万羽科学工業養鶏株式会社が負担すべきである。」旨の手紙(乙8
   9)を送っていることに,上記アの説示を総合すれば,原告は,被告調
   正機関から脱退しても,被告調正機関の管理する口座に振り込まれた給
   料(給料剰余金)ないしその相当額について返還を受けることはできな
   いと認識していたものと認めるのが相当である。
  (イ)被告調正機関は,参画時の「人財」の出資により,参画後の参画者の
   労働の成果はどんなものであれ被告調正機関に帰属するのは当然のこと
   であるとの立場に立っており,また,農事組合法人や外部の病院,企業
   から振り込まれた「給料」は参画者の生活費等に当てており,持込財産
   と同様,脱退者に返還するなどしておらず,被告調正機関としても,
   「給料」を当該参画者のために運用したり,将来当該参画者に返還する
   ことは想定していなかったと認められる。
 (ウ)以上のとおり,外部の病院から被告調正機関の管理する預金口座に振
   り込まれた原告の給料については,原告及び被告調正機関のいずれもが
   将来原告に返還されることを予定していなかったし,被告調正機関は原
   告個人のために上記金員を保管・運用することを想定していなかったも
   のであり,そうとすると,当該給料については,原告が被告調正機関に
   信託したとみることはできない。同様に預託したものとみることもでき
   ない。
    原告が外部の病院からの給料を被告調正機関の管理する口座に振り込
   ませていたのは,持込財産と同じく,被告調正機関に対する一種の出資
   (本件出資)とみられる。そして,その出資は,被告調正機関への参画
   と一体のもので参画の一内容となるものであり,本件参画契約の要素で
   あるといいうる。
 ウ したがって,原告の請求のうち被告調正機関との間に信託設定契約もし
  くは消費寄託契約が成立したことを前提とする返還請求は,その余につい
  て判断するまでもなく,理由がない。
(3)争点(3)(不当利得返還請求権の成否)について
 ア 上記(2)で判断したとおり,原告から被告調正機関に対する財産の出捐や
  給料の振込みは,本件参画契約に基づく被告調正機関への一種の出資と解
  すべきところ,出資であれば,脱退によりその原因となった法律関係が終
  了した場合には,通常,出資持分の払戻しなど出資額に応じた何らかの清
  算がされるものである(民法681条,商法541条,89条,147条,
  消費生活協同組合法21条等参照)。ところが,出資の多寡は構成員とし
  ての地位に何ら影響を与えるものではなく,構成員は全て平等の地位を取
  得するとされ(弁論の全趣旨),これに「無所有」となることがヤマギシ
  ズムの基本理念の一つであることをも勘案すると,本件参画契約において
  は,参画者は,被告調正機関に出資することによって,被告調正機関の財
  産に対して出資額に応じた持分を取得することはなく,参画者が被告調正
  機関から脱退したとしても,それによって出資額に応じた持分の払戻しを
  請求する権利を有しないとされているものと解される。その意味では,被
  告らの主張するように,本件参画契約上の出資は「返還義務のない出資」
  ということができるが,このような契約もこれを当然に無効とまではいう
  ことはできない。
 イ 原告は,「@参画時に書かされる誓約書には,「身・命」を無条件委任
  する旨の記載もあるが,個人の身体・生命を「無条件に委任」させる契約
  は,公序良俗に反することは明らかである。Aヤマギシ会は,参画時に全
  ての財産を持ち込ませ,離村後に返還しないし,また,参画中の労働に対
  して対価を支払わないが,これは,憲法18条の「奴隷的拘束,苦役」そ
  のものである。Bヤマギシの村の中では,ヤマギシズム以外の思想や宗教
  を持った場合,迫害の対象となり,村を追われるが,そこでは「思想及び
  良心の自由」(憲法19条)や「信教の自由」(憲法20条)は保障され
  ていない。C離村者へ持込財産を返さず,労働の対価も支払わないという
  のは,生存権(憲法25条)の侵害である。また,1枚の紙切れによる財
  産収奪は財産権不可侵(憲法29条)に違反する。Dヤマギシ会による子
  供の「虐待」(二食の強制,父母と子との分離,個別研鑽と称する個室へ
  の強制収容と登校禁止,進学・就職の自由の抑圧等)は,子供の人権への
  あからさまな侵害であり,子供の教育権を踏みにじるものである。これら
  から本件参画契約は公序良俗に反する。」旨主張する。
   たしかに,誓約書には,「身・命・知・能・力・技・実験資料の一切」
  を無条件委任する旨の記載もあるが,ヤマギシ会の理念・運営原則,誓約
  書の内容からして,この記載は,研鑽による公意により行動し,労働力や
  技能等を含む全ての財産を提供する趣旨であると解され,肉体的危害を加
  えられてもよいなどという趣旨ではないと解される。
   また,ヤマギシ会は,参画時に全ての財産を持ち込ませ,離村後に返還
  しないし,また,参画中の労働に対して対価を支払わないが,ヤマギシズ
  ムは,「無所有共用一体社会」の理想社会の実現を目的とし,そのために
  「無所有」及び「無我執」を基本理念としており,参画者がこの基本理念
  を実践しようと被告調正機関と参画契約を締結していること,その脱退が
  自由であるとされていることからすると,被告調正機関を脱退した者に対
  して同人が出資した財産が全く返還されなくてよいかどうかの点は別とし
  て,憲法18条の「奴隷的拘束,苦役」に当たらないと解される(被告調
  正機関を脱退した者に対して同人が出資した財産が全く返還されなくてよ
  いかどうかの点は後記のとおりである。)。同様に,被告調正機関を脱退
  した者に対して同人が出資した財産が全く返還されなくてよいかどうかの
  点は別として,参画契約自体が憲法25条,29条にも反するものではな
  いと解される。
   ヤマギシの村の中で,ヤマギシズム以外の思想や宗教を持った場合に,
  迫害の対象となったり,村を追われたりしたことを認めるに足りる証拠は
  ない。
   ヤマギシ会による子供の「虐待」については,これを認めるに足りる的
  確な証拠はない。二食の強制,父母と子との分離が虐待に当たるとは認め
  難い。個別研鑽と称する個室への強制収容と登校禁止,進学・就職の自由
  の抑圧等についても,その具体的な状況は明らかではない。少なくとも,
  原告においては,二男を村から退去させており,教育権が害されたとは認
  め難い。
   したがって,原告の同主張は,被告調正機関を脱退した者に対して同人
  が出資した財産が全く返還されなくてよいかどうかの点を除き,採用でき
  ない。
 ウ 原告は,「被告調正機関の担当者は,原告の全財産(参画後の給料を含
  む。)を騙し取る意図があるのにないように装い,「誰のものでもな
  い。」と原告に申し向けて,「ヤマギシに所有権移転することがない。」
  旨欺罔し,誤信状態のまま参画申込みに追い込まれた原告に対し,誓約書
  等の文書に署名指印などさせて,全財産(参画後の給料を含む。)を被告
  調正機関に交付させる参画契約(返還義務のない出資契約)を結ばさせた
  もので,これは,詐欺による意思表示(民法96条1項)である。」とか,
  「「すべてのものは,元来,誰のものでもない。」というのがヤマギシズ
  ムの根本的な考え方(教義)であるから,そもそも「返還義務のない出
  資」により被告調正機関に所有権移転する余地はない。原告も,誓約書等
  に署名した際の意識としては,「誰のものでもない」「無所有」などとい
  う抽象的なイメージしか抱いていなかった。したがって,仮に参画契約
  (返還義務のない出資契約)により被告調正機関に所有権が移転したとす
  ると,原告はその旨の意識を有していなかったのであるから,意思表示の
  内容の重要な部分に錯誤(民法95条)があることになり,上記参画契約
  (返還義務のない出資契約)は無効である。」などと主張するが,上記(1),
  (2)でみたように,原告は財産(給料を含む。)を被告調正機関に引き渡す
  に当たり,これによって当該財産が自分の所有でなくなることは認識して
  いたものであり,原告に錯誤があったとはいえないし,そのことにつき被
  告調正機関に欺罔があったともいえない。
 エ 原告は,「原告が脱会した理由は,入会勧誘において標榜していたこと
  と実態との乖離(殊に支配・被支配の事実,管理の事実,すべて研鑽によ
  り決定するとの事実の嘘等),不実の告知・重要情報の不開示,特講・研
  鑽学校における心理操作など社会的相当性を欠く非違行為がヤマギシ側に
  のみ存在したためである。この事情の下では,被告調正機関が脱会者であ
  る原告との間で財産の清算をしなくてよいという根拠はなく,原告が誓約
  書等に署名したことのみをもって財産(参画後の給料を含む。)を返還し
  ないことは信義則に反して許容されない。」と主張する。
   しかし,上記(1)で認定のとおり,原告の特講,研鑽学校への参加,参画
  と続く一連の過程への被告らの担当者の関与について,社会的相当性を欠
  く違法な行為があったとは認められないから,原告の同主張は採用できな
  い。
 オ しかし,被告調正機関に参画する者は全財産を被告調正機関に「出資」
  することが必要とされること,その代わり,参画して被告調正機関の構成
  員となった者は以後生活に要する一切を被告調正機関によって支給される
  ことになっており,これにヤマギシズムの目的及び基本理念を併せ考慮す
  ると,被告調正機関に参画する者は,参画の時点においては,ヤマギシズ
  ムの基本理念に賛同し,終生被告調正機関のもとでヤマギシズム生活を送
  ることを前提として,自らのためだけに使われるのではなく,他の構成員
  のためにも共用され,さらには,被告調正機関の活動のためにも使用され
  ることを承知の上で全財産を出資するものということができる。したがっ
  て,原告がヤマギシズムを実践してヤマギシズム生活を送る意思を喪失し
  て被告調正機関を脱退する場合には,出資の上記前提が失われることにな
  り,また,被告調正機関において原告の出資した財産がそのままあるいは
  形を変えて残存しているにもかかわらず,何らの清算もしないでその全て
  を保有し続けることができるとする実質的理由も失われることになる。
  また,被告調正機関への参画者は,誓約書には「返還要求等,一切申し
  ません。」旨記載されてはいるものの,「出資」をした時点では,終生ヤ
  マギシズム生活を希望し,被告調正機関から脱退することがあり得ること
  までは,深くは考えていない場合が多いと推測される。なぜならば,特講
  や研鑽学校によってヤマギシズムの内容を理解し,これに賛同した者のみ
  が被告調正機関によって参画を認められるところ,参画希望者がヤマギシ
  ズムに疑問を抱き,被告調正機関から脱退することがあり得ると考えてい
  たら参画を認められなかったであろうからである。前述の出資明細書や誓
  約書にも,脱退する場合を想定した記載はない。
   さらに,「無所有」及び「無我執」というヤマギシズムの基本理念は,
  個人主義の思想と対立するものであり,これに疑問を抱く者に押しつける
  ことはできないものであるところ,被告調正機関からの脱退の自由が認め
  られているといっても,参画時にそれまで所有していた全財産を被告調正
  機関に出資して無所有となった上,参画後の外部の病院等からの給料まで
  もが出資の対象となっている構成員にしてみれば,ヤマギシズムに疑問を
  抱いて被告調正機関から脱退しょうとしても,全く財産が返還されないの
  であれば,無一文で被告調正機関から出て行かなければならず,かくては,
  被告調正機関から脱退することは事実上著しく困難かつ制約されることに
  なるものといわなければならない。したがって,本件参画契約についても,
  それが被告調正機関から脱退しても参画時に出資した財産や参画後に出資
  した財産等について全く返還請求をすることができない趣旨のものとすれ
  ば,ヤマギシズムを実践する意思を喪失し,被告調正機関を脱退しようと
  する原告に脱退することを断念させ,ヤマギシ会の「無所有共用生活」を
  強制することにもなりかねず,実顕地における「無所有共用一体生活」が
  全人格的な思想実践の場であることをも考慮すると,そのような事態は,
  思想及び良心の自由を保障している憲法19条及び結社の自由を保障して
  いる憲法21条の趣旨にもとる結果になるといえる。
   これらの諸点を総合考慮すると,本件参画契約のうち原告が被告調正機
  関を脱退する場合にいかなる事情があっても原告の出資した財産を「一
  切」返還しないとする部分(以下「不返還約定」という。)は,「一切」
  返還しないとする点において,公序良俗に反するものといわなければなら
  ない。しかし,前記のとおり,原告の出資した財産は自らのためだけに使
  われるのではなく,他の構成員のためにも共用され,さらには,被告調正
  機関の活動のためにも使用されることを承知の上で出資されたものであり,
  この出資自体を社会的相当性を欠くものということができないから,不返
  還約定が当然に全部公序良俗に反して無効であるとか,出資された財産か
  ら原告のために使用された残り全部を返還すべきであり、そうしなければ
  公序良俗に反するとまでいうことはできない。不返還約定がどの範囲で公
  序良俗に反するとされ,被告調正機関が原告に対してどの範囲で財産を返
  還すべきかは,上記の諸点からの考慮に加え,出資した財産の価額,被告
  調正機関に参画していた期間,参画中に原告が受けた利益の有無・程度,
  原告の家族状況,年齢及び稼働能力,被告調正機関の資産状況等の具体的
  事情を併せ考慮して,慎重に判断する必要がある。
 カ 上記前提となる事実及び上記1で認定した事実により認められる諸事情,
  とりわけ,原告が参画時に出資した金員は692万2411円であること,
  原告は参画後,病院に勤務して得た給与合計7123万5934円を出資
  したこと,原告が被告調正機関に参画した期間は7年10か月で,この間
  妻と3人の子が共に生活したこと,現在も原告の元妻と長男,長女が豊里
  実顕地で生活していること,原告は被告調正機関からの脱退時43歳で,
  現在は京都市で医院を開業していること,被告調正機関は原告に相当額を
  返還してもこれによってその事業活動に支障が生ずる状態にないことがう
  かがわれること等を総合考慮すると,原告の脱退に当たり,400万円を
  返還させるのが相当であり,本件参画契約中の不返還約定部分は,この4
  00万円を返還しないとする範囲で公序良俗に反するものとして無効とす
  るのが相当である。したがって,被告調正機関は,原告に対し,400万
  円を返還すべきである。なお,遅延損害金については,被告調正機関が悪
  意であったとは認め難いので,訴状送達の日の翌日である平成9年6月1
  3日からこれを認めるべきである(後述のとおり,被告法人も被告調正機
  関と同様の責任を負うべきところ,被告法人についても,被告法人が悪意
  であったとは認められないから,遅延損害金は,訴状送達の日の翌日であ
  る平成9年6月13日からこれを認めるべきである。)。
(4)争点(4)(法人格否認の法理ないし重畳的債務引受け)について
 ア 被告法人が,本件参画契約につき,原告に対し,重畳的に債務引受けを
  したことを認めるに足りる証拠はない。
 イ しかし,上記1の認定事実に証拠(乙61)及び弁論の全趣旨を総合す
  れば,次の事実が認められる。
  (ア) 被告調正機関が設立主体となって設立した被告法人などの農事組合法
   人等は,対外的には,単位実顕地の土地・建物・生産財を所有し,単位
   実顕地における産業経済活動の法的主体となっている。
    このようにして設立された被告法人を羊おいては,農業協同組合法73
   条,同法13条により,組合員は「出資」をしなければならないことに
   なっているが,「組合員」とされている参画者は,被告調正機関に参画
   した時点で,すべてを被告調正機関に「出資」し「無所有」であるから,
   被告法人に対して,現実に「出資」したのは被告調正機関となる。しか
   し,協議(研鑽)により,名目的に参画者の氏名を「組合員」の氏名と
   している。
  (イ) 被告法人の定款第17条では「組合員」の持分払戻しの請求を認めな
   い旨を規定している(乙61)。
  (ウ) 参画者の出資金の金員の流れと会計処理の状況は,別紙5「ヤマギシ
   ズム生活実顕地調正機関における資金の流れ」のとおりである(ただし,
   平成10年ころからは,農事組合法人等からの「給料」が本庁口座に振
   り込まれるようになるなど,多少変わった。)。
    すなわち,参画者が参画に当たり出資した財産は,現金化され,百五
   銀行椋本支店の本庁口座に入金される。その本庁からの出金は「出資財
   産に関わる費用」の支出と百五銀行上野支店の「ヤマギシズム世界銀
   行」のロ座への送金である。
    「ヤマギシズム世界銀行」の口座からはヤマギシズム生活豊里実顕地
   調正機関の口座ほか各地の調正機関の口座に送金され,さらに調正機関
   の別の口座に預け替えられ,その口座から被告法人ほか各地の実顕地農
   事組合法人に貸付けがなされる。
    被告法人ほか各地の実顕地農事組合法人においては,参画者の給与名
   目でヤマギシズム生活豊里実顕地調正機関の口座ほか各地の調正機関の
   口座に送金する古壷か,借入金の返済分等をヤマギシズム生活豊里実顕地
   調正機関の口座ほか各地の調正機関の口座に送金する。
    ヤマギシズム生活豊里実顕地調正機関の口座(「代表遠藤力」の口
   座)ほか各地の調正機関の口座からは,さらに当該調正機関の別の口座
   に預け替えられるなどした上,参画者の生活費が支出される。
  (エ) ヤマギシズム社会実顕地において,収益事業を行っているのは,農事
   組合法人等だけであり,被告調正機関は収益事業を行っていない。
    しかし,被告調正機関の構成員は生活のための資金を必要とする。
   他方,被告調正機関は参画者から「出資」を受けるが,参画する際に
   被告調正機関が受ける物的財産の出資の使途は原則的には農事組合法人
   等への出資や貸付に当てられて農地購入や宿舎等の建物建設や生産手段
   の購入等に用いられ,参画者の日常の生活費に用いられない。
    そこで,農事組合法人等の収益をもって参画者の日常の生活費に当て
   るため,参画者を形式上農事組合法人等の「従業員」の立場を有するも
   のとしてこれに「給料」を支払うという方法や,名目上の組合員となっ
   ている参画者に対する「従事分量配当金」を支払うという方法を採り,
   農事組合法人等の収益を被告調正機関に移転させている。
  (オ) 被告らは,特講及び研鑽学校において参画者に被告らの関係(被告調
    正機関と農事組合法人等)や経理処理について説明した形跡はなく,参
    画者の中には,上記舛の経理処理を知らず,給料が支払われている形式
    になっていることを知らない者も相当数存した。
  (カ) 参画者の具体的な就業場所への配置は被告調正機関の世話係の調正に
    より決められる。
  (キ) 農事組合法人等で働く参画者には就業規則等の適用はないものとして
    扱われている。
  (ク) 農地等を所有し,収益事業を行っている被告法人などの農事組合法人
    等は,固定資産税,法人県市町村民税,法人税を納付している。
     他方,被告調正機関は,参画者が農事組合法人等の「従業員」の立場
    で農事組合法人等から支払われる「給料」に対して参画者個人に課税さ
    れる住民税や所得税を,参画者個人の名義をもって納付しているほか,
    参画者からの被告調正機関に対する「出資」に関して贈与税を納付して
    いる。
 ウ 上記認定の事実によれば,納税や外部との一般取引においては被告調正
  機関と被告法人とはそれぞれ別の団体として扱われていると認められるし,
  被告調正機関の財産が被告法人名義で隠匿されているとか,被告調正機関
  が被告法人を脱退者の財産返還請求を困難にする目的のために用いている
  などの事情はうかがえない。しかし,被告法人の組合員が名目的であると
  か,被告法人が名目的に参画者に給料を支払うとかいう処理がなされてい
  ることのほか,そのことが参画者の全員に説明されているわけではないこ
  と,被告法人等が産業経済活動により上げた収益は,参画者の「給料」名
  下に,被告調正機関に移転され,全参画者の生活費に当てられていること,
  参画者の具体的な就業場所への配置は被告調正機関の世話係の調正により
  決められること,農事組合法人等で働く参画者には就業規則等の適用はな
  いものとして扱われていることなどの事情からすれば,被告法人の法人格
  は少なくとも参画者に対する関係で形骸化していると認められる。
   そうとすれば,被告法人は被告調正機関と同様の責任を負うというべき
  である。
4 結論
  以上によれば,原告の被告らに対する請求は,不当利得返還請求権に基づき,
 連帯して400万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成9年6月
 13日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で
 理由があるからこれを認容し,その余は棄却すべきである。

  よって,主文のとおり判決する。

    津地方裁判所民事部
      裁判長裁判官   内  田  計  一
           裁判官   後  藤     隆
           裁判官   大  竹     貴

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