平成7年(切第270号,第308号,平成8年(ワ)第359号,平成10年(ワ)第
41
1号,平成11年(切第216号,平成12年(切第3号,第367号,平成13年(ワ)
第295号 損害賠償請求事件・信託財産返還請求事件
     原 告  Y,N,S,W,S.H,S.J,
           S.Y,U.T,U.M
     被 告  ヤマギシズム生活豊里実顕地農事組合法人(被告法人)
           ヤマギシズム生活実顕地調正機関(被告調正機関)
      
            判 決 要 旨
第1 主文
 1 被告らは,原告Yに対し,連帯して金2000万円及びこれに対する被告
  調正機関については平成8年12月18日から,被告法人については平成7年
  10月31日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 被告らは,原告Nに対し,連帯して金900万円及びこれに対する被告調
  正機関については平成8年12月18日から,被告法人については平成7年1
  2月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 3 被告らは,原告Sに対し,連帯して金250万円及びこれに対する平成11
  年1月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 4 被告らは,原告S.Hに対し,連帯して金350万円及びこれに対する平
  成12年1月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 5 被告らは,原告S.Jに対し,連帯して金1800万円及びこれに対する
  平成12年1月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 6 被告らは,原告S.Yに対し,連帯して金800万円及びこれに対する平成12
  年12月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 7 原告Y,原告N,原告S,原告S.H,原告S.J及び原告S.Yのそ
  の余の請求並びに原告W,原告U.T及び原告U.Mの請求をいずれ
  も棄却する。
第2 事案の概要
 1 被告調正機関は,参画者らが被告調正機関に全財産を引き渡して一切の返還
  を求めない旨の誓約書を差し入れた上で参画し,ヤマギシズムの理念に基づく
  生活を送っている参画者の集合体であり,被告法人は被告調正機関が設立した
  農事組合法人である。本件は,過去に全財産を引き渡したりして被告調正機関
  に参画した後に被告調正機関を脱退した原告らが,被告らに対し,不法行為に
  よる損害賠償請求権,信託契約による信託財産返還請求権,消費寄託契約終了
  による預託金返還請求権あるいは不当利得返還請求権に基づいて,参画時に引
  き渡した財産あるいは参画中の労務提供の対価に相当する金員の支払を求めた
  事案である。
 2 なお,原告らの請求金額は,次のとおりである(括弧内は2次的請求)。
   原告Y,7663万4487円(5719万4877円)。原告N,1
  517万3393円(1945万0360円)。原告S,2309万4528
  円。原告W,405万6757円(181万6107円)。原告S.H,
  781万6031円(511万6031円)。原告S.J,5092万72
  09円(4232万7209円)。原告S.Y,3620万7078円(3172
  万8100円)。、原告U.T,1805万3854円(1394万8950
  円)。原告U.M,3766万0110円。
第3 当裁判所の判断
 1 不法行為の主張について
   ヤマギシズムは,「無所有共用一体」の理想社会の実現を目的とし,そのた
  めに「一体」「無所有」「無我執」を基本理念としており,被告調正機関は,
  そのようなヤマギシズムを実践しようとする人々からなる社団であるところ,
  かかるヤマギシズムへの理解を求め,これに賛同し,全財産の出捐を含めて実
  践をするよう働きかけること自体は,社会的相当性を欠くとはいえず,その他
  被告調正機関の担当者に,原告らが参画に至るまでに,不法行為となるような
  不実の告知や重要事項の不告知があったとも認められない。
   したがって,被告らの担当者の,原告らに対する特別講習・研鑽学校への勧
  誘行為,ヤマギシへの参画・全財産持込み勧誘行為が不法行為に該当するとは
  認められない。
 2 預託金返還請求権,信託財産返還請求権の主張について
 (1)参画に際して持ち込んだ財産について
    原告らは,実顕地(ヤマギシの村)において,「無所有共用一体」生活を
   するために被告調正機関に参画したのであり,また,「返還要求等,一切申
   しません」との誓約書にも署名しているから,原告らは,参画時において参
   画とそれに伴う被告調正機関への財産の引渡しにより,それまで所有してい
   た財産はすべて自分の物でなくなり,以後その財産について何ら権利を有し
   なくなるとの認識を有し,被告調正機関から脱退しても,引き渡した財産の
   返還をを受けることはできないと認識していたものと認めるのが相当である。
    被告調正機関も,参画者から引き渡された財産を当該参画者のために運用
   したり,将来当該参画者に返還することは想定していなかった。
    よって,原告らが参画に際して持ち込んだ財産については,原告らが被告
   調正機関に対し信託したとも,預託したともみることはできない。
 (2)給料について
    被告法人をはじめとする被告調正機関が設立した農事組合法人等で働く参
   画者に対しては,「給料」が支払われた形式が採られているが,実際には被
   告調正機関の預金口座に振り込まれており,「報酬なし・分配なし」とのヤ
   マギシの運営の原則や原告らは「無所有生活」を送るために参画したこと等
   からすれば,原告らは,働いても給料はないとの意識であったか,「給料」
   に対する自分の権利はないとの意識であったものと認めるのが相当である。
    被告調正機関も「給料」を当該参画者のために運用したり,将来当該参画
   者に返還することは想定していなかった。
    よって,「給料」についても,原告らが被告調正機関に対し信託したとも,
   預託したともみることはできない。
 3 不当利得返還請求について
 (1)原告らから被告調正機関に対する財産の出捐や被告法人への労働等の提供
   は,原告らと被告調正機関との間の参画契約に基づく一種の出資と解すべき
   であるが,通常の出資とは異なり,出資額に応じた持分を取得することはな
   く,脱退しても持分の払戻しを請求する権利はないものである(「返還義務
   のない出資」)。このような内容を有する参画契約も当然に無効ということ
   はできないし、財産が返還されないことは原告らも知っていたから、参画契
   約が締結されたことにつき原告らに錯誤があったとか,被告らに欺同行為が
   あったということはできない。被告調正機関の担当者に,原告らに対する社
   会的相当性を欠く違法な行為があったとも認められない。
 (2)しかし,被告調正機関に参画する者は,参画の時点においては,ヤマギシ
   ズムの基本理念に賛同し,終生被告調正機関の下でヤマギシズム生活を送る
   ことを前提として,全財産を出資するのであるから,原告らがヤマギシム生
   活を送る意思を喪失して被告調正機関を脱退する場合には,その出資の前提
   が失われることになり,また,被告調正機関において原告らの出資した財産
   がそのままあるいは形を変えて残存しているにもかかわらず,何らの清算も
   しないでそのすべてを保有し続けることができるとする実質的理由も失われ
   ることになる。さらに,被告調正機関からの脱退の自由が認められていると
   いっても,参画時にそれまで所有していた全財産を被告調正機関に出資して
   無所有となった上,参画後の労働までもが出資の対象となっている構成員に
   してみればヤマギシズムに疑問を抱いて被告調正機関から脱退しようとして
   も,全く財産が返還されないのであれば,無一文で被告調正機関から出て行
   かなければならず,被告調正機関から脱退することは,事実上著しく困難か
   つ制約されることになる。したがって,参画契約についても,それが被告調
   正機関から脱退しても出資した財産について全く返還請求をすることができ
   ない趣旨のものとすれば,ヤマギシズムを実践する意思を喪失し,被告調正
   機関を脱退しようとする原告に脱退することを断念させ,ヤマギシ会の「無
   所有共用生活」を強制することにもなりかねず,実顕地における「無所有共
   用一体生活」が全人格的な思想実践の場であることをも考慮すると,そのよ
   うな事態は,思想及び良心の自由を保障している憲法19条及び結社の自由
   を保障している憲法21条の趣旨にもとる結果になる。以上の点を総合考慮
   すると,参画契約のうち被告調正機関を脱退する場合にいかなる事情があっ
   ても出資した財産を「一切」返還しないとする部分(以下「不返還約定」と
   いう。)は,「一切」返還しないとする点において,公序良俗に反するもの
   といわなければならない。しかし,原告らは出資した財産が他の構成員のた
   めにも共用され,被告調正機関の活動のためにも使用されることを承知して
   出資したのであるから,不返還約定全部が公序良俗に反して無効ということ
   はできず,不返還約定がどの範囲で公序良俗に反し,どの範囲で財産を返還
   すべきかは,上記の諸点のほか,出資した財産の価額,被告調正機関に参画
   していた期間,参画中に原告らが受けた利益の有無・程度,原告らの家族状
   況,年齢及び稼働能力,被告調正機関の資産状況等の具体的事情を併せて判
   断することが必要である。なお,原告らの労働による被告調正機関の利益に
   ついては,参画者の労働は実顕地において無所有共用一体のヤマギシズム生
   活を送る中,「タダ働き」であることを承知の上でなされたものであり,こ
   れにより被告調正機関の得た利得は参画者の日々の生活費に充てられており,
   また,参画者は脱退後まで労働を出資しなければならないわけではないこと
   等からすれば,これが全く返還されないとしても,ごく例外的な場合を除き、
   被告調正機関から脱退することが著しく制約されることになるとはいい難い。
    また,原告らの出資に関して被告調正機関が贈与税を納めた点も考慮される
   べきである。
(3)ア 原告Yについては,出資した財産の価額は脱退時に渡された80万円
   を除いても約5640万円に上ること,被告調正機関に参画していた期間
   は約1年6か月と短いこと,脱退後約1か月半で就職していること,被告
   調正機関が原告Yから取得した財産に対する贈与税として約3070万
   円を納税したこと等からすると,原告Yの脱退に当たり,上記80万円
   のほかに更に2000万円を返還させるのが相当であり,参画契約中の不
   返還約定部分はこの2000万円を返還しないとする範囲で公序良俗に反
   するものとして無効である。
  イ 原告Nについては,出資した財産の価額は脱退時に渡された30万円
   を除いても約1090万円に上ること,被告調正機関に参画していた期間
   は約1か月と非常に短いこと,被告調止機関は原告Nら家族に対し,脱
   退後の住居と職を用意したこと等からすると,原告Nの脱退に当たり,
   上記30万円のほかに更に900万円を返還させるのが相当であり,参画
   契約中の不返還約定部分はこの900万円を返還しないとする範囲で公序
   良俗に反するものとして無効である。
  ウ 原告Sについては,出資した財産の価額は脱退時に渡された50万円を
   除いても約420万円に上ること,被告調正機関に参画していた期間は約
   4年11か月と比較的短いこと,脱退時には単身であったこと,身体が丈
   夫ではないこと等からすると,原告Sの脱退に当たり,上記50万円のほ
   かに更に250万円を返還させるのが相当であり,参画契約中の不返還約
   定部分はこの250万円を返還しないとする範囲で公序良俗に反するもの
   として無効である。
  エ 原告Wについては,出資した財産の価額は脱退時に渡された20万円
   を除くと約36万円にすぎないこと等からすると,原告Wの脱退に当た
   り,上記20万円のほかに更に返還させるのは相当でない。
  オ 原告S.Hについては,出資した財産の価額は脱退時及び脱退後に夫
   婦に渡された約126万円の半額である63万円を除いても約530万円
   に上ること,被告調正機関に参画していた期間は約1年8か月と短いこと,
   被告調正機関は原告S.Hから取得した財産に対する贈与税として13
   6万3200円を納税していること,妻である原告S.Jと共に脱退し
   たこと等からすると,原告S.Hの脱退に当たり,上記約63万円のほ
   かに更に350万円を返還させるのが相当であり,参画契約中の不返還約
   定部分はこの350万円を返還しないとする範囲で公序良俗に反するもの
   として無効である。
  カ 原告S.Jについては,出資した財産(ただし,アパートを除く。)
   の価額は脱退時及び脱退後に渡された約126万円の半額である63万円
   を除いても約4160方円に上ること,被告調正機関に参画していた期間
   は約1年7か月と短いこと,被告調正機関は被告S.Jから取得した財
   産に対する贈与税として2136万8800円を納税していること,上記
   アパートは返還されたこと,被告調正機関に引渡されなかった上記アパー
   トの賃料振込口座の脱退時の残高は約450万円であること,上記アパー
  トから賃料収入が見込めること,夫である原告S.Hと共に脱退したこ
  と等からすると,原告S.Jの脱退に当たり,上記約63万円,アパー
  トのほかに更に1800万円を返還させるのが相当であり,参画契約中の
  不返還約定部分は.この1800万円を返還しないとする範囲で公序良俗に
  反するものとして無効である。
 キ 原告S.Yについては,出資した財産の価額は脱退時及び脱退後に渡された
  220万円を除いても約1240万円に上ること,被告調正機関に参画し
  ていた期間は約3年6か月と比較的短いこと等からすると,原告S.Yの脱退
  に当たり,上記220万円のほかに更に800万円を返還させるのが相当
   であり,本件参画中の不返還約定部分はこの800万円を返還しないとす
   る範囲で公序良俗に反するものとして無効である。
  ク 原告U.Tについては,出資した財産の価額は脱退時に夫婦に渡され
   た30万円の半額を除くと約90万円にすぎないこと等からすると,原告
   U.Tの脱退に当たり,上記15万円のほかに更に返還させるのは相当
   でない。
  ケ 原告U.Mについては,出資した財産は特にないこと等からすると,
   原告U.Mの脱退に当たり,何らかの返還をさせるのは相当でない。
 4 被告法人の責任について
  納税や外部との一般取引においては被告調正機関と被告法人とはそれぞれ別の
 団体として扱われていると認められるし,被告調正機関の財産が被告法人名義で
 隠匿されているとか,被告調正機関が被告法人を脱退者の財産返還請求を困難に
 する目的のために用いているなどの事情はうかがえない。しかし,被告法人の組
 合員が名目的であるとか,被告法人が名目的に参画者に給料を支払うとかいう処
 理がなされていることのほか,そのことが参画者の全員に説明されているわけで
 はないこと、被告法人等が産業経済活動により上げた収益は、参画者の「給料」
 名下に,被告調正機関に移転され,全参画者の生活費に当てられていること,参
 画者の具体的な就業場所への配置は被告調正機関の世話係の調正により決められ
 ること,農事組合法人等で働く参画者には就業規則等の適用はないものとして扱
 われていることなどの事情からすれば,被告法人の法人格は少なくとも参画者に
 対する関係で形骸化していると認められる。したがって,被告法人は被告調正機
 関と同様の責任を負うというべきである。

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